吹稲のブログ

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不道徳教育講座 読書感想

不道徳教育講座(三島由紀夫 著)

~清廉潔白な人ってホントなの?! 不道徳も悪いもんじゃないよ! 時代を超えても共感できる本当の道徳教育?!~

 

 こんにちは吹稲です。

 

 今回はたまたま図書館で通りすがりに見つけた本です。

 

不道徳教育講座 (角川文庫)

不道徳教育講座 (角川文庫)

 

 

 「潮騒」や「金閣寺」を著した方とは知っていましたが、これまで三島由紀夫の作品は全く読んだことがなかったのに手に取ってみた理由はタイトルが珍しかったからです。。

 

 著者は小学校時代から雑誌に詩や俳句を投稿するなど幼少からその才能の片鱗を見せていたようで、東京大学卒業後は大蔵省に勤務する勝ち組エリート。ですが文学への夢を追うため大蔵省を退職し、「仮面の告白」や「潮騒」等たくさんの作品を生み出しているところは、やっぱり私とは全然違う能力・才能があるのだろうと思わされます(私と比較するのも失礼なのですが、、)

 

 今回の「不道徳教育講座」は著者の随筆のような短編のお話がいくつも書かれており、一見すると世間の常識から異なる不道徳な行いも、よくよく考えてみればそんなに悪いことばかりではなく、逆に道徳的で潔癖なほうが人間としてよろしくなく、2つや3つ不道徳するくらいが丁度いい、という逆説的な視点から ”教師を内心バカにすべし”とか”大いにウソをつくべし”など、著者なりのウィットに富んだ文章で書かれています。

 ”できるだけ自惚れよ”の話では、「自惚れ屋の長所は、見栄ん坊に比べて、ずっと哀れっぽくないことです」、「自惚れ屋は何でもかんでもじぶんが持っていると信じているんだから、陽性です」と、著者なりに己惚れることはそんなに悪いことじゃなく、見栄っ張りより全然いいよという理屈が妙に面白さを醸し出します。

 

 ”罪は人になすりつけるべし”では、子供の喧嘩で親が出るとき「うちの子は本当にしょうがありませんで、申し訳ありません」(と言って予定調和的に喧嘩事がうやむやになる)というのに対して西洋では「うちの子に限って、決してそんな悪いことはしない」とうところから、日本人から見れば西洋人は不道徳だし、西洋人から見れば日本人もむしろ一種の不道徳なんじゃないのと、タイトルからは想像できない内容で、日本人と西洋人、どっちがズルい?を面白く書いています。

 

 著者の三島由紀夫さん、1970年に自衛隊の市谷駐屯地で自刃します。その時代背景から彼なりの思想のもとでの行動なのだと思います。

 著者の没後50年以上たっていますが、本書の中に出てくる言葉には「この頃の政府のように、しょっちゅう公約を破ってばかり」、「この頃は親が子を殺したり、子が親を殺したり、物騒な世の中」、「現代は個人主義の時代かとおもうと、案外、家族兄弟の結束の固い時代で」とか言った具合に、令和の現在でも通用するフレーズが出てきます。

 古き良き時代、なんて言葉もありますけど、当時は当時で案外今と変わらない悩みの種があったのかなと想像するとちょっと面白く、また、それがゆえに50年たった今でも本書の愉しさが色あせないのだろうと思います。三島由紀夫ってすごい。

 

それではごきげんよう